大相撲の千秋楽で優勝争いをする力士が七人いるらしいことを昨日のテレビが報じていた。楽しさうである。内訳は三敗の力士が二人、四敗が五人とのことで、もつと負け数が多くても面白いのにと思つた。
予々プロの人にはそのスポーツの面白さを表現してほしいと思つていたのだけれど、昨日の報を機に、プロの人がもつとダメでもいいことに気が付いた。私のやうなダメ人間にとつては、プロの人がダメだと大いに励みになるからである。
ダメというのは決して悪いことではない。一生懸命やつているけれども、結果が付いて来ないだけのことである。付いて来ない結果が悪い。
例えば大相撲で九勝五敗で千秋楽を迎える力士が十人居たらどうであらうか。どうもしないか。何だかんだで優勝決定戦は出来さうである。
八勝六敗の力士が二十人居たらどうであらうか。これではさすがに優勝決定戦が終わらない始末になりさうである。最後は我慢比べか、投票か、じゃんけんで優勝者を決めることになる。グー!グーで勝ちました!優勝はダメダメ山!
翌日はグーの話題で持ちきりである。これはこれで楽しからう。
私はゴルフとサツカーをしているけれども、どちらもダメである。
ゴルフのプロももつとダメであつてほしい。隣のホールに打ち込んでそのまま戻つて来ず、隣のホールからチツプインを決めるとか、バンカーからバンカーへと三連続で打ち込むとか。
サツカーもさうである。豪快にボレーを空振りして味方へのスルーになるとか、相手のクリアボールを脛当てに当ててゴール枠に沈めるとか。ああ、後者はじつさいに私のチームメイトが実践していた。してみると彼は私が求めるやうなプロなのであらう。
昨日のサツカーの練習試合は大敗してしまつた。スピードで負けたためである。
スピードを養成するために毎夜ダツシユをすると決めた。闇の中のトレーニング、闇トレである。
闇トレを楽しく行うために、私が大好きなキヤラクターのテイシヤツを発注した。キヤラクターの間に大きく亀の絵が書いてある。自分は亀なのだと言い聞かせて走ることにする。まあ、ダメなのであらうけれども。
さういう話で思い出したのであるけれど、家の中での私の通り名は鰯である。
私が、生まれ変わつたら天敵がいなくて体の大きい甚平鮫になりたいと願望を述べたところ、長男から、じやあお父さんは鰯ね、と有り難く命名を頂いた。
魚に弱いと書いて鰯。家の者が、センスが有ると感心していた。
ちなみに家の者の通り名は飛魚である。飛べるんだ、いいなあ。