チエンソーマンの連載が最終回を迎えて、内容について作者がぶん投げたというネツトニユースが飛び交つている。毀誉褒貶あるも後味の良い最終回というところでは一致しているやうである。私は満足した。
海外でも評価が高いらしく熱心なフアンが早速内容報告の動画を上げているのを観た。左右反転したコマの吹き出しは空欄になつており、動画作成者が内容を語りで報告している。あまつさえこれがおれが考える理想の最終回だというものも作成して披露している。同好の士が活躍するのを見るのは心楽しいものである。
私が好きな推理小説の分野でも、同好の士が活躍するのを見るのは心楽しいことである。最近本屋で見付けて、貪るやうに読んだ作家の作品がある。あまりにも面白いので一日に二冊買つて読んだ。
同じ作家の他の作品も全て読みたいと願つたのだけれども、現在も流通しているものはわずか四作品であり、他は絶版とのことであつた。取り寄せることのできる中古本を取り寄せたところ、確かに全てが初版であつた。
これが話に聞く出版不況なのであらう。大都市の大きな本屋にしか行つていなかつたのでこれまで実感できていなかつたけれども、出版不況で昔と比べると本が売れなくなつており、地方の小さな本屋は続々と閉店しているらしい。
私は推理小説が大好きであり、まさにこの作家のやうな作品を書きたいと常々願つていたところである。しかしながら、私が理想とするやうな作品でさえも、初版で絶版になり、流通しなくなつているのが現実なのであらう。
じやあ筆を折るかと言われると、折らないところが馬鹿でダメな人間である由縁である。書いてみないと判らないではないか、フアンゴツホの例があるではないかと言い張つて譲らない。
まあそもそも書き上げていないところが一番問題であるかと反省した。
零版で絶版になつてはいけない。今年こそ何か書き上げやうではないかと炬燵でポテトチツプスを食べながら決意した。
相変わらずダメである。