第27夜(2025年2月11日) 光エコー


 光エコーという言葉でインターネット検索をしてみた。いろいろと説明が出てくるけれども、そのほとんどについて私の理解が及ばないことに愕然としてしまう。愕然の「愕」という漢字はいい。今の私は、まさにこの「愕」という漢字のような表情である。



 事の発端は、昨日起きた山手線の運転見合わせである。信号に異常が生じたとして早朝から四時間近くも山手線の運転が見合わせとなつた。原因は線路にひび割れが生じて、信号を動かすのに必要な電流が線路に流れなくなつたためらしい。ふうむ、さういうものか。

 山手線は環状になつていて、時計回りの外回り電車と反時計回りの内回り電車があり、運転見合わせになつたのは内回り電車であつた。他の路線をうまく使つて迂回することで、どうにか目的の駅に行くことはできる。受験シーズンであり、苦労して迂回した受験生の話が記事になつていた。どの駅からどの駅に行くのに一番苦労するかを考えてみるのは楽しいであらう。私は上野駅から鶯谷駅、巣鴨駅から大塚駅のどちらかではないかと睨んでいる。



 いやいやいや。待て待て待て。電流が線路に流れている?さういう話は聞いていない。周知されていない。少なくとも私には周知されていない。

 調べてみた。線路に流れる電流に人間が感電したという記事は見当たらなかつたけれども、散歩していた犬がぎやんと啼いたという話はあつた。鉄道会社からの回答も載つており、何でも人間はゴム底の靴だから感電しないけれども、犬は裸足だから感電することがあるというものである。電車が通過した直後は電圧が高くなるという記載もあつた。

 確かに電車は上部の電線にパンタグラフを接して取り込んだ電流でモーターを動かして走つている。電流は再び電線に戻るものと思い込んでいたけれど、線路を伝って戻っているらしい。危ないではないか。足袋や草鞋の人がいたらどうする。‥‥別にどうもしないか。周知すべきだという気持ちは、私の中に沸き起こつては来なかつた。



 関連する記事として、両足で電線に止まっている鳥は感電しないけれども、鳥が片足で別の何かを踏むと感電するというような解説記事があつた。どうしてそうなるのか私には判らない。線路に電流が流れているという話も判らない。ちつとも流れているようには見えないからである。

 かつて世界の端は滝になつていて奈落に流れ落ちていると考えていた昔の人の話を思い出した。人間の直感と認識は、さうさう進歩するものではない。半導体の進化のやうに、昔の人と比べて今の人の脳の神経のプロセスが六十五ナノメートルから四ナノメートルへ進化したなどという話はさつぱり聞かないし。線路には電流は流れていない、それでいいではないか。日常生活に支障が出ないのであれば、世界がどのやうになつているかについて納得するのは各自の自由であらう。

 久し振りに宇宙のことを考えた。宇宙はどうなつているのだらう。ヤフー知恵袋というお互いに質問と回答を出し合う掲示板があり、ときどきおっと思わせられるような回答がある。この日はそのおっと思わせられるような日であつた。同じ人が複数の質問に複数の回答を寄せており、その内容が奇抜であつたのである。



 質問は、宇宙は四次元球でせうかというものであつた。私も単純にそのやうに考えていた。地球という球体の表面にいる私たちは世界地図を平面的に(二次元的に)考えているけれども、三次元球体の表面なので世界を一周すると元の位置に帰つて来ることができる。これと同様に、地球を飛び出して宇宙へ行つても、じつは次元の高い球体の表面なので宇宙を一周すると元の位置に帰つて来ることができるのではないかというものである。

 この問題に対する回答の中で、件の光エコーが出てきた。光よりも速い物質は無いというのが相対性理論だけれど、現象として光よりも速い光エコーがありますよという話であり、さらには宇宙はどこまでも物質と重力で出来ていて膨張と収縮のバランスが取れた平衡状態になると安定した球状の宇宙になるという話が出てきたのだけれど、もう判らないから割愛する。

 割愛って便利だな。割腹に似ているけれど。‥‥うむ無念。ぐはあ。






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2025/2/11
文責:福武 功蔵