第103回 移民に対する考え方の整理の巻


 何年か前になるがスペインに行ったときにカタルーニャ語がスペイン語とフランス語の中間のようなところがあるという話になった。

 日本でいえば方言のような違いだ。ヨーロッパは一つの国なんだけど、住んでいる人たちはそのことに気付いていない、と現地に住む日本人が教えてくれた。



 最近、日本は実は小さなヨーロッパで、住んでいる人たちがそのことに気付いていないのではないかと思うに至った。

 きっかけは天気予報である。関東の人間は、関東の天気にしか関心がない。九州の天気がどうとか関西の天気がどうとかテレビが言うが、まるで外国の天気のように関心がない。

 関東地方は、その形状から言えばフランスのようなものである。九州、四国、北海道は明確に別の島だし、中国地方、関西、東北は文化圏が全く異なる。



 カタルーニャの人々がカタルーニャ語を大切にしているように、日本でも方言はもっと大切にされてよい。

 言葉は人間の思考を決めるものであるし、歴史的に積み重ねられてきた文化遺産は言葉の安定なくしては継承されないと思う。



 最近、入国管理局で外国人が亡くなる痛ましい事件があり、広く報道された。

 日本に住む外国人が、平和な日本でもこのような残酷な事件があるのかと驚いたという記事を見た。

 ただ、入管の死亡事件は私が弁護士になる前の15年以上前にもあった。この分野では事態が全く良い方向へ進んでいないのだ。



 なぜ良い方向へ進まないのか。そもそも考え方が全く整理されていないからなのだと思い至った。

 15年以上前の私は、この問題に解答を与えることができなかった。しかし今の私は違う。



 この15年間で大きく異なるのは、実際に移民を受け入れた国が苦労して対策を打ち出し始めたことである。

 フランスの地方議員を目指している現地在住の日本人が、移民に対する政策の必要性を訴えている記事を読んだ。

 移民は、移民先の文化を尊重しなければならないというものである。このような経験に基づく助言は採用すべきであろう。



 私の解答は、日本に移民する人に対しては、日本語の教育を行い、日本国籍を与えるべきだというものである。

 ただし、日本語だけを強制することは間違っており、従来持っていた言語に加えて日本語を話すバイリンガルになって頂く。

 これにより日本は本当に小さなヨーロッパになることができるように思う。多文化を推進することで日本列島の外に広がる世界にも通用するような新たな日本文化の発展を目指すのだ。

 移民を認める人数を一定数に絞る必要はあるだろう。急激に移民が増えると前述の政策が実現不可能になるためである。

 難民を除き単年度の上限数を決めておいて、上限数を越えたら次年度の取得を促し、必要であれば速やかに本国へ帰国させる。

 この「速やかに」が大切であり、これができていないから痛ましい入管での死亡事件が起きてきた。近時の事件でも8月に本人が出頭・入管に収容されてから翌年1月に体調不良となり、3月に亡くなっている。

 「速やかに」とは、例えば収容の翌月の9月には本国へ帰国させることである。また、難民の申請者は、刑事事件における保釈のように、収容を解いて帰宅させるべきであろう。

 半年も1年も収容する方が明らかに費用がかかるので、速やかに帰国させることができない道理はない。移民に対する考え方を早急に整理して(私は今朝、整理できました。)、ひどい人権侵害を早くなくすべきであると思います。

 


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2021/8/29
文責:福武 功蔵