第90回 忘却と赦しの国の巻


 バルセロナ観光を終えて思ったのは、日本は―

 Forget and Forgiveness―

 忘却と赦しの国だということ。

 

 バルセロナは世界中、特に欧州からの旅行客が非常に多い観光都市である。

 世界遺産のサグラダファミリアを始め石造りの重厚な建築物が多く、町並みもコンクリート作りに瀟洒な装飾が施されて独特で美しい。

 

 しかし、観光業中心ということは、受け身の仕事ということを意味する。

 自分の努力でできることが限られるのだ。

 不動産を代表として持つ者と持たざる者の差は大きく、人生そのものが異なると言ってよいレベル、欧州の階層社会の一角を成している。

 バルセロナの町並みが美しいのは、長い歴史の中で石造りの建築を積み重ねてきたからである。

 積み重ねていく歴史なのだ。

 歴史は積み重ねられてゆき、崩されることがない。

 

 バルセロナの歴史は、サグラダファミリアに肖像が刻まれるような偉大な先輩が多過ぎる歴史だ。

 先輩は偉大かもしれないが、今日にはいない。

 先輩に敬意を払うことは大切だが、バランスというものはあるように思う。

 

 アジア全般がそうかもしれないが、日本では、水の力が強い。

 水は全てを洗い流す。

 良い歴史も悪い歴史も等しく洗い流し、全ては忘却と赦しに包まれる。

 今日を生きる者が最も尊いのだと、現場で仕事をする人が最も尊いのだと、日本では普通に実感することができる。

 日本では歴史の偉人は尊敬というよりは親しみの対象となっており、特に信長ネタはいつ見ても面白い・・・

 (「本能寺なう。」とかありましたね。)

 

 日本にいると便利なので、いろいろな物が十分によくできていると思っていたが、

 バルセロナではいろいろと工夫されていて更に先に行っているなと思うことが多々あった。

 例えば案内表示はイラストだけで、文字はない。

 物の使い方も「誰でも分かるレベル」を目指して作られており、

 トイレットペーパーは縦棒に刺してあるだけ(ミシン目でちぎれる。)。

 このあたりはオリンピックを控えた東京は参考にすべきところだと思う。真面目か。  


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2018/10/15
文責:福武 功蔵