鬼怒川にある巨大迷路の、ある行き止まりに、「まちがいたね!」と書いてあったのがとても気に入ったので、
まちがいた話をします。
ある委員会の監事に任命されたので、霞が関で行われる懇親会に初めて行くことになりました。
懇親会の前の会合には、仕事の都合で行くことができなかったので、懇親会のみの参加で申し込んだのです。
案内状によると会場は、日比谷ナントカ会館。日比谷公園の中にある図書館の地下だということです。
その建物なら見たことがある。手帳に日比谷公園の図書館の地下と書いておきました。
当日行ってみると、図書館の地下には大ホールのほかには喫茶店しかありませんでした。食事をする人もまばらです。
受付で聞いてみると、委員会の会合は大ホールであったのですが、1時間前に終わったとのことです。
おや、会場を間違えたか。
案内状を見直すと、懇親会の会場は某省庁の地下にある「魚ナントカ」というレストランでした。
おお。某省庁に向かいます。
某省庁は、きれいな煉瓦造りの建物で、出入口に守衛のおじさんが何人かいて出入りをチェックしています。
地下の「魚ナントカ」に行きたいのですが、と守衛のおじさんに話しかけてみました。
名前を聞かれたので、フクタケですと答えたら、
「タケハラさんですね」と言われました。
守衛のおじさんは手元の名簿のようなものを見ています。
私は「フクタケです」と言って運転免許証を見せました。
守衛のおじさんは、ああと言って肯き、私に名簿が見えないように気を付けながら、手元の名簿を見続けています。
ややあって「名前がないですね」と言うと、守衛のおじさんは応援を呼び、出入口にある守衛の部屋の中へ入って、何か確認している様子です。
応援の守衛が来て、先ほどまでおじさんがいた場所に立ちました。
その間に、銀の皿と車体に書いてあるバイクが来ました。寿司の出前でしょうね。
バイクは守衛のおじさんたちのチェックを受けます。
チェックが済むと先ほどのおじさんが、「西館に銀の皿の出前です、入館します」と、丁寧に無線で本部とおぼしき場所へ連絡します。
おお、このようにして中央省庁の安全が図られているのだなと、少し感心しました。
さて、私は名簿に名前がないということで、中に入れません。
どうしたものかと考えていると、
先ほどのおじさんが、「名前はありませんが、中から人が迎えに来るようです」と教えてくれました。
事情の分かる人が迎えに来て下さるのでしょうが、私は初参加なので、なんだか申し訳ない気分になります。
夕方の退庁時刻なのでしょう、何人もの人々が次々に建物から出てきて、
守衛のおじさんに「おつかれさまです」と声をかけながら私の前を通り過ぎていきます。
私を迎えに来てくれる人はまだでしょうか。
しばらく時間が経ちました。
守衛のおじさんが、「迎えに来ました」と教えてくれました。
よかった、これで中に入れます。
迎えに来てくれたのは、白衣の女の人でした。
知らない人です。
胸に「栄養士」という肩書きを付けています。
まあ私は初めて来たわけですから、知らない人が来るのは当然か。
そう思っていたら。
「東日本フードのフクハラさんですか?」と白衣の女性がおっしゃるのでした。
「いいえ、違います」私はそう答えるしかありません。
二人して守衛さんを見て立ち尽くします。守衛さんはえへへと照れ笑い。
守衛さんの胸には「K」(仮名)と警備業を請け負う業者名が書かれていました。
警備業はアウトソーシングなのであります。
某省庁のことなどほとんど知らない人なのであります。
このおじさんを責めるのは酷というものでしょう。
私が見せた免許証の文字は、視力の関係で見えなかったものと思われます。
私はおじさんに、「今日はあきらめて帰ります」と言って帰り、行きつけの店で飲み直すことにしました。
まちがいたのは、おじさんと、おじさんに対する私の話しかけ方でした―