第13夜(2024年8月18日) 虎を出す


 言葉の選び方は大切なことではあるのだけれども、咄嗟に選ぶとなると間違えることもある。人間だもの。咄嗟の反応なので意味の無いことを言つてしまうこともある。

 例えば、坊主という言葉を聞くと、坊主が上手に屏風に上手に絵を描いた、と幼い頃に学んだ早口言葉が口をついて出てしまう。これは言葉の周辺の記憶が出てくるという脳の正常な作用であるから気にする程のことではない。



 言葉の選び方の間違い、すなわち言い間違いについて調べたところ、思いのほか数多く存在する。例えば失笑という言葉は、本来は、笑つてはいけないところで思わず笑つてしまうという意味だつたらしい。失禁と同じような用語法であらう。失笑されるというのは本来であればかなり面白いことを言つているのである。今では失笑されるというのは下らないことを言つて呆れられるという意味が定着しているから、言い間違いをしているうちに言葉は変遷していくのかもしれない。



 言い間違いの中には、じわじわと面白いものもある。

 先日、郷里に帰省したところ、幼い姪つ子が、魚は頭がいいんだよと教えてくれた。

 そうなのかと思つていたら、誰かが、それは魚を食べると頭が良くなる、だよとツッコミを入れて、姪つ子がそうか!と言つて笑つていたから、どうやら姪つ子は間違えて覚えていたらしいことが判つた。魚に含まれているドコサヘキサエン酸を摂取すると頭が良くなるという言説であらう。魚はドコサヘキサエン酸を大量に含有しているのであるから、魚が頭がいいという話は当たつているかもしれない。だんだん魚が頭が良いように見えてきた。わはははは。

 そんな話を家でテレビを見ながら家の者と話していたら、テレビで唐突に坊主という言葉が出てきた。クイズ番組だつたか何かだつたかしたのであらう。坊主という普段聞き慣れない言葉を急に耳にすると、ほら。家の者が、坊主が上手に屏風に坊主の絵を描いた、と口にした。幼い頃に学んだ早口言葉である。

 改めて耳にしてみると、坊主が上手に屏風に絵を描くのはいいけれども、坊主の絵を描くのは変である、そんな絵を描いても誰も喜ばない。私がそう不平を漏らすと、家の者は、屏風に虎の絵、と口にした。これも幼い頃に読むか見るかした、一休さんのエピソードであらう。

 家の者は楽しくなつたらしく、虎を出すから捕まえて下さい、と一休さんに成りきつて台詞を口にした。

 うん。たしか、将軍が屏風の虎の絵を見て、一休さんに、この虎を捕まえてみせろと無理難題を出したのに対し、一休さんが頓智で返したエピソードだつた。あれ?一休さん、虎を屏風から出して下さつたら捕まえますよじやなかつたつけ?

 虎を出すから捕まえて下さい。

 …出せるんだ。

 家の一休さんはすごいな、虎を屏風から出せるなんて。わはははは。最早頓智ではなくて別の能力。虎を捕まえるのもよく考えてみたらとつても危ないので、将軍はやつぱりぎやふんと言うしかないのでせうね。






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2024/8/18
文責:福武 功蔵