生きづらさの本質が分かりました。
ロールモデル(※1)の不存在です。
生きることはじつは、それほど難しいことではありません。生きることは選択の連続ですが、極端に走らない、バランスの良い選択を続けていれば、生きていくことはできるからです。
生きづらいと感じる人は、こうすれば幸せになれるというロールモデルを失っているのだと思います。この問題を掘り下げていくと、肥大化という現代の問題に突き当たります。
現代という時代は、何が正しくて、何が幸せなのか、皆が手探りをしている時代だと思います。
価値観の多様化が叫ばれるのは、正解が分からないから。
一周すれば誰でも、最もかけがえのないことは普通の暮らしであり、最も大切なものは家族であることが分かるはずです。
それでも、一周するまでは、誰しもがそのことに思い至りません。
思い至らない結果、各々が肥大化してバランスを失っていくのです。
長所を伸ばしたり能力を磨いたり、新しいことを実行することはすばらしいことですが、バランスは失っていきます。
肥大化した人ばかりの社会になると、全員がバランスを失っているので、シンプルなロールモデルはますます見つかりにくくなっていきます。
自分の身の丈に合わない望みは、やがて苦痛になってしまうかもしれません。
よく考えれば不要だった能力は、どんなにすばらしい能力であっても、結果的には本来必要であった時間を奪うことになってしまうかもしれません。
新しいことに夢中になることは、幸せなことですが、その幸せは長続きするものではないように思われます。
探すべきは、多くの人が追いかけることが可能な、シンプルなロールモデルであり、それはおそらく、伝統の中にあるのだと思います。
伝統の中のシンプルなロールモデルを、真剣に探す時代が来ているように思います(※2)。
※1 私にとってのロールモデル、こういう人になりたいなあと心底思った人は、今までに二人います。一人は私よりも年上の弁護士で、一人は私よりも年下の作家です。
※2 このように考えるきっかけになったのが、江戸時代の長屋です。長屋では人々が身を寄せ合って生活していました。そこには新しい家族の形の、ヒントになるものがあるのかもしれません。江戸時代には学ぶべきことがまだまだ多く残されているように感じます。